窯主エッセイ 初期伊万里への想い。(その3)約400年前の伝百間窯の青磁陶片に学ぶ。
初期伊万里への想い。(その3)約400年前の伝百間窯の青磁陶片に学ぶ。 PDF 印刷 Eメール
作者: 青木 清高   
2012年 5月 20日(日曜日) 18:24

失敗作のため、窯場の物原に捨てられて以来400年が過ぎようとしているこの陶片が、時を越えて、私に様々なことを教えてくれます。50数年前に父が入手したこの陶片は、ずっとアトリエのすみにありました。父が亡くなったあと、妙に、この陶片のことが気になってしょうがなくなりました。模写のような仕事で、決して自己表現にはなりませんが、勉強のため当時の陶工の苦労を少しでも味わってみたいと思い、再現に挑戦です。

本当か嘘かわかりませんが、言い伝えでは、今から400年近く前に、この製品が窯に入ったとき、窯が爆発をしてすべてが粉々になったということです。確かにこの製品のよびつぎ品は見たことがありますが、完品は今まで一度も見たことがありません。だからなおさら、当時の製品を再現したいと思うのかもしれません。

 

■写真 ロクロで水びきしたあとに、韓半島の技術ではなく、中国からの技術であろうと思われる型打細工が施されています。磁土ですが、有田の泉山の磁石ではなさそうです。かなり硫化鉄が含まれているようです。そんな土をつくりました。(鉄分の多い土の収縮は白磁とまた違います。)

 

■写真 断面を見ると青磁にしては、かなり薄く施釉してあります。弱い陶石に木灰を加えた基礎釉だと思いますが、この色合いは初期伊万里に共通している色で、呈色剤によるものではなく、自然の灰や、土の成分の金属元素による効果だと思われます。

 

■写真 有田の古陶磁研究会でいくつもの有田町収蔵の陶片を見せてもらい、勉強させてもらう中で、細やかな貫入の伝世品は百間窯のものであるとまことしやかに世間では言われて来たことが、決してそうではないことをおそわりました。(焼きの甘いものはちいさな経年貫入が入ります。)また400年前の有田皿山でも、注文により同じ器型や同じ図柄をいろんな窯場で焼いているので、この絵だからこの窯、などと決して言えない事がわかりました。

来年予定の日本橋三越さんや神戸大丸さんでの個展の場でいにしえの陶工に学んだ技術が発揮できればと思っています。ネットの中でも少しずつご紹介させていただきますので、みなさんお楽しみに。

 

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最終更新 2013年 9月 21日(土曜日) 08:13
 

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