よみがえれ、外尾山青磁 印刷
作者: 青木 清高   
2015年 1月 04日(日曜日) 15:22

皆さん、明けましておめでとうございます、お正月どのようにお過ごしでしたか?本年もよろしくお願いいたします。

私は、最近になって外尾山青磁の美にやっと気が付き始めました。天然の青磁石による発色は、何物にもたとえようがないほど深く、美しいものです。
私が住む地区にある外尾山は、1600年代中ごろより幕末明治にかけて、数多くの青磁が生産された場所です。特に有田で技術革新があった1637年頃より外尾山でも李朝の陶工とは別に明の陶工の影がちらつきます。青磁の作品の数がおびただしくしく増え始めたのもその頃からです、外尾山窯だけでは生産が追いつけなくなり、ひと山越えた丸尾地区でも、外尾山の人たちが関係していたと思われる窯が稼働し始めました。

青磁の山と言っても過言ではないのです。では、いったいどこからそれだけの量の青磁釉の原料を調達したのでしょうか?有田では泉山地区にある青磁谷が有名ですが、自分は青磁谷以外で、この外尾山周辺に、明治まで掘られていた場所があるんではないか?などと勝手に想像するのですが地区の古老に聞いても既にご存知の人は亡くなって、安政の絵図を頼りに自分の足で探すしかありません。この不景気の中ゆっくりした時間も少ないのにそこまでしなくてもいいのかも知れませんが、この陶片は、旧青木兄弟商会(現在の防災広場)の整地をされるときに出てたものらしいです。今は私の轆轤場で、眺めながら日ごと夜毎に夢を膨らませています。

 


■写真 (1600年中頃)

 


■写真 (幕末~明治頃?)

 

私には作陶する上でお世話になった峯村三秋と言う先生がおられました。この先生は佐賀県窯業試験場で長い間勤務された方で大正生まれの頑固な先生でしたが美に関する感性では私と共通するところがあり、必要以上に人を褒めることもされず、上にも下にもこびない先生の言葉にどんどんと吸い込まれて行きました。その先生の言葉の中に、「天然の材料を使ったものに勝つものはない、沢山焼き物が並んだ時にそれは分かる。焼き物は正直だから、自分が勉強した以上の物もできないが、それ以下の物もできない」この言葉が20年経った今も心に響いています。

 

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最終更新 2015年 1月 04日(日曜日) 15:30